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憂国ヤヴン

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憂国ヤヴン(Patriots Yavun)






反全共闘学生連合「憂国ヤヴン」

1960年後半、当時の学生らを共起させた学生闘争。

本来の目的は国家の変革、引いては国民の為であった筈のそれはー、

いつしか幼稚なセクト間闘争や内ゲヴァルトの連鎖により。

思想闘争とはかけ離れたものと姿を変えていた。





これに失望する学生らー。

その中で彌嶌公威の思想に共鳴した者たちによって結成されたのが、 この憂国ヤヴンである。

同連合の歩みは、即ちガフトの拡大と歩を同じくし。

活動の多くを広報やリクルート活動に割いた事から「ガフ・ユーゲン」 と揶揄された。





事実、時代の流れの中でその居場所を失いつつあったガフト同様、

同じ境遇に立たされた憂国ヤヴンは、守谷克必の指示の元、ガフト騒乱に参加。

部隊の投降とともに、組織としての役割に終止符を打ったのであった。





※通称「ヤヴン」「憂ヤ」

※名称の由来は「野分(のわき)」の音読みによる。

  • 最終更新:2007-10-11 16:55:35